
芸能ニュースなんて、全くと言っていいほど興味がないのだけど、
ちょっと気になった話題があったので、書いておこうと思う。
――――――――――――――――――――――――
楠田枝里子さんが『世界まる見え!テレビ特捜部』降板
ぼくにとって楠田さんのイメージは
幼い頃見てた「なるほど・ザ・ワールド」だ。
定規で計って切ったようなオカッパ頭が印象的。
よく通る声で軽快に番組進行してたっけ。
その楠田さんの今回の降板理由は、ゴシップ誌では、
ギャラの折り合いがつかなかった…という事になっている(らしい)。
ところが、彼女自身のブログによると…
「(番組の)若返りをはかりたいから」と説明された。
…という事らしい。
だとしたら彼女に非は無い。気の毒な話だ。
でも… どうであろうと、
番組にとって必要ならば降板って事にはならないはずだ。
ホントの理由がギャラだったのならばもちろん、
「若返りをはかりたい」という理由だったとしても、
そんな理由を告げてでも降りてもらわなきゃならないほど、
番組制作において切実・深刻な問題を孕んでいるのだろう。
それが何を意味するか…
とどのつまり、広告不況に帰結する。淘汰...
彼女に非はない。でもそれは=(イコール)「必要とされる」じゃない。
「非がない」という事だけに、甘んじていられるほど、
状況は甘くないって事だよね。
広告不況、人ごとじゃないよ。
先日、とある同業者と電話で話してて、
「誰も必要とされてないものを無理矢理
売りつけようとしてるような気さえしてくるよ」
と、彼は漏らしていた。
「そんなこたぁねぇよ」と答えながらも否定しきれない自分がおる。
この時代に正道で「必要とされる」のは難しい…
必要とされるための努力、そして評価が、
技術・センスの研鑽による実力でなく、
迎合、妥協、阿諛便佞という形でしかないのなら、
ぼくらは、なぜ、これを仕事にしているのだろう。
ぼくらは、この仕事に、どう情熱を傾ければ良いのだろう。
商売したいだけなら絵じゃなくていいし、
絵が描きたいだけなら商売にしなくていい。
こんなジレンマ、頭によぎった事すらないであろうサラリーマンが、
今日もまた公園の脇に停めた社用車の中で堂々とうたた寝をしている。
まいったね、どうも。