引っ越しました

2010年12月13日

ショートショート『幽霊トンネルの真相』

「えっ? 水が ひとつ 多いんだけど…」

「…失礼しました」

ウェイトレスは置いたグラスをひとつ下げた。

グラスの数を間違えたのは、ウェイトレスにとって、
これがこの店でのはじめての接客だからではない。
ましてや彼女が三流大学に通う学生だという事も関係ない。

それ以前に間違いではないのだ。

店主から言いつかっていたのである。
「水をひとつ多く運ぶように」と。


なぜか青ざめた客達のオーダーを店主に伝えたウェイトレスは、
首をかしげながら、持ち帰った余分なグラスをトレイから降ろした。
そして当然の疑問を店主に尋ねた。客に聞こえないよう小声で。

「あのぉ…なぜ、水をひとつ多く出すんですか?」

店主はカップを用意しながら、ニヤリと答えた。

「サービスだよ」

「サービス?」

「この店の前の一本道の先にトンネルがあるだろ?」

「ああ! 幽霊が出るって噂のトンネルですよね?」

「そうそう。この店にくる客の目的はほとんどが肝試しなんだ。
 でも、そんな都合よく怖い事なんて起きるわけがない。
 それじゃあ、わざわざ来たのに、気の毒だろう?」

「はぁまぁ… でも、それと水が何の関係があるんです?」

「彼らはトンネル帰りだ。グラスをひとつ多く出されたら、どう思う?」

そこまで聞いてウェイトレスはやっとピンときた。

「あっ、そっか! 『幽霊がついてきた』と思っちゃうわけですね」

「その通り。つまり君は、“いるはずのない誰か” が見えて、
 水をひとつ多く出してしまった“霊感の強いウェイトレス”ってわけだ」

「あはは。わたし、幽霊なんて見た事ないですよ」

「だろうね。ぼくだってないさ。ほら、コーヒーあがったよ」

ウェイトレスは今度こそ人数分のコーヒーをさっきの客の元へ届けた。

「おまたせしました」

客達は相変わらず青ざめていた。顔を伏せ黙り込んでいる。
笑いをこらえながら、コーヒーを置き終えたところで、
客の一人が、たまらず尋ねてきた。

「あのっ! さっきの水… ひとつ多かったですよね。
 も、もしかして…その…」

客全員が一斉に顔をあげ、ウェイトレスの答えを待った。
生ツバをゴクリと飲む音が聞こえてきそうだ。
それがおかしくて、ウェイトレスの口元はついゆるんだ。
それを必死に戻そうとする複雑な表情は客達の想像をかきたてた。

「ど、どうなんですか… ハッキリ言ってください!」

詰め寄る客。返答に困り店主の方を見ると客達もそれにならった。

店主は黙って目を閉じ首を振った後アゴをくいっと斜めに上げ、
戻ってくるようウェイトレスを促した。
その店主の行動は、客達の想像をさらにかきたてた。
逆に、ウェイトレスは可笑しみをさらにかきたてられた。

このままでは吹き出しそうだったウェイトレスは、
「ごゆっくりどうぞ」とだけ早口で伝え、小走りで厨房へ戻った。
それすらも客達の目には不自然に映り、ますます想像をかきたてた。

彼女の言葉とは裏腹に、“ごゆっくり” できるはずもない客達は、
頼んだコーヒーに、ろくに口をつける事なく席を立った。
会計を済ませた後もまだ気になるのか、何か言いかけようとした。
だが、言葉にならずあきらめたように口をつぐみ、背を向けた。

そんな絶妙なタイミングで店主が客達に声をかけた。

「君たち!」

足を止め、ハッと振り返る客達。

「ふもとに由緒正しい神社がある。寄ってみてはどうかな?」

店主がニコリと笑みを見せると、客達はペコリとおじぎをし、
我れ先にと乗り込んだ車を急発進させ、去っていった。



「あははははっ」

笑いをこらえきれず顔を伏せていたウェイトレスが、
堰を切ったように笑い出した。

「あぁ〜、おかしかった! マスター、人が悪いですよ〜」

店主はニヤリと答えた。

「言ったろ? これはサービスなんだ。
 怖がりたい彼らに『望むもの』を提供したまでさ」

「確かに、そうかもしれませんけど…
 こんな事してたら、お客さん来なくなりますよ?
 ただでさえ、こんな山の中の一軒家なのに」

店主は一層ニヤリとしてこう言った。

「逆だよ」

「え、どういう事ですか?」

「怖い思いをした彼らは噂を広げるはずだ。
 その噂を聞いて、また沢山の人が肝試しにやってくる。
 そして、みんな、トンネル帰りにこの店に寄ってくれる。
 言わば、彼らはタダで宣伝してくれる営業マンなのさ」

「はぁ〜 なるほどぉ」

一旦は感心し頷いたウェイトレスだったが、すぐに首をかしげた。

「でもぉ… やっぱり肝試しに来る人だけじゃ
 儲からないんじゃないですか?」

「確かに街にある喫茶店に比べれば、客は少ないだろうね。
 でも、君がさっき言った通り、ここは山の中の一軒家、
 しかも幽霊がでるなんて曰く付きの場所に近いという事もあって、
 家賃は二束三文でね、利益は充分にでるのさ」

再び感心しうなずくウェイトレス。店主は得意気に続けた。

「さらにだ。例の“サービス” を続けてきた甲斐があってか、
 あのトンネルは、全国的にも有名な心霊スポットになっててね、
 年に2度は、テレビのオカルト番組で紹介されている。
 紹介されて、しばらくは肝試しに来る人が後を立たない。
 県外からもドッと人が押し寄せ、連日満席、大繁盛ってわけさ」

「へぇ〜 そうなんですかぁ〜」

目を丸くしてうなずくウェイトレス。

「おかげさまで、君を高給で雇えるほどには儲かってるよ」

そう聞いてウェイトレスはうれしそうにニカーッと笑った。

「たしかにぃ〜♪」

彼女はここでバイトを始める前、駅前の喫茶店で働いていた。
ひっきりなしに入ってくる客に、てんてこまいだったが、
時給はこの店の半分以下の金額だった。
山の中の一軒家まで通う労力を差し引いても、おいしすぎるバイトだ。

「だから他言は無用だよ。いいね?」

「分かってますよ。こんなおいしいバイト、他にないですから。
 それに“霊感ウェイトレス”のふりも、楽しいですし♪」

ニコリと笑う店主。
予想通りの答えが返ってきた。

ウェイトレスには言わなかったが、
実は店主はふもとの神社からも収入を得ている。
紹介した神社でほとんどの客がお祓いをする。
その際の法外な初穂料の何割かを謝礼として受け取っているのだ。

また、ほとんどの客が飲まない、
飲んでも味なんて分からないであろう
コーヒー豆も最低ランクのものだった。

タダで働く営業マン、無償のテレビCM、
安い家賃、安い仕入れ代、神社からの副収入…
むしろ、この店の経営は順調そのものだった。
持て余した儲けで若いウェイトレスを雇い始めるほどに。


カランコロン♪

話が一段落したちょうどその時、
ドアが開き、トンネル帰りと思われる若者達が入ってきた。
すかさずウェイトレスに耳打ちする店主。

「要領は分かっているね?」

「お客さんの人数より水をひとつ多く運ぶんですよね?
 分かってますって。任せてください!」

ウェイトレスは弾んだ声で答えると、水を用意し、
ついついゆるむ口元をぐっと引き締め、客の元へと向かった。

「いらっしゃいませ…」

わざと陰気な声で言い、水の入ったグラスをゆっくりと置いて行く。
今回の客はどんな反応をするのか、ワクワクしながら。
しかし、それを決して顔には出さないよう、注意して。

最後の水を出し終えると、客の一人がこう言った。

「えっ? 水が ふたつ 多いんだけど…」



〜おしまい〜







posted by さくらい | Comment(2) | 短編 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当に見えてしまったウェイトレス、
さらに1個多い水、
ウェイトレスの言い訳やいかに!
お店を閉める事になるか?それとも・・・


Posted by さき at 2010年12月14日 11:06
お〜怖、いろんな意味で、
本当にこんな経営のし方してるとこありそうで怖え〜
Posted by エストック at 2010年12月27日 20:18
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