「じゃ、行ってくるよ」夫が笑顔で言うと、
「いってらっしゃい。気をつけてね」妻が笑顔で見送った。
駅に着いた夫が、会社に連絡を入れようと、
コートの内ポケットからエアコンのリモコンを取り出したちょうどその時、
妻はテーブルの上の夫の携帯電話をエアコンにかざしていた。
「おや」
「あら」
夫が公衆電話から自分の携帯へ電話をかけると
すでに家を後に走っていた妻の手の中でそれが鳴動した。
「もしもし、携帯でしょ? 今向かっているところよ」
「うっかりしていたよ。わるいね」
「いいわ。ついでに駅前のスーパーでお買い物するから」
ほどなくして、やってきた妻に夫は大きく手をふった。
妻が白い息を弾ませながらハイと携帯を差し出すと、
夫は申し訳なさそうにリモコンを差し出した。
受け取った携帯でさっそく会社に連絡をはじめた夫の脇で、
妻は受け取ったリモコンをポケットに入れ…そのまま中をまさぐった。
首をかしげながら、ほかのポケットの中もまさぐりはじめる。
「どうしたんだい?」連絡を済ませた夫が尋ねると、
「おサイフ…忘れちゃったみたい」
夫はニコリと笑い、携帯をコートの内ポケットにしまうと、
反対の内ポケットからサイフを取り出し、妻にいくらか渡した。
「ごめんね。あわてて家を出たもんだから」
「こちらこそ。僕が携帯を忘れなければ…」
言いかけたところで、妻がブルッと体を震わせた。
相当、あわてて家を出たのだろう。
この寒い中、妻は薄手のカーディガンを羽織っているだけだった。
夫は黙って上着を脱ぐと、それを妻の肩にふわりと掛けた。
「それじゃ、あなたが寒いわよ」あわてて言う妻。
「すぐ電車に乗るさ。それより君が風邪をひいたら大変だ」微笑む夫。
妻も微笑みを返し、夫の優しさを受け入れた。
「おっと、もうこんな時間だ、じゃ行ってくるよ」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
小走りで改札へと向かう夫を、妻はブカブカの袖をふって見送った。
思いがけず互いの愛を確かめ合ったこの似たもの夫婦は、
ほどなくして再会する事となる。
愚話シリーズ楽しみにしているものです。
ただ、楽しんで読むだけでたいしたコメントできませんが^^;
私の文章力でなにがよかったか伝えられなくて残念です。