引っ越しました

2011年02月24日

ショートショート『犯人はこの中にいます』

雷鳴とどろく嵐の夜、
薄暗い小さな部屋に6人の男女が集まっている。
互いに猜疑の目を向け合い、部屋の空気はピリピリと張りつめていた。

ふいに1人の男が口を開いた。

「ようやく… わかりました」

注目する5人。

「さきほど、この密室で起きた陰惨な事件…
 私は探偵として、慎重に推理を重ね、ついに犯人の特定に至りました。
 これから、皆さんにそれをご披露しようと思います」

5人は戸惑いの表情を浮かべながら視線を交差させた。

沈黙を破ったのは若いチンピラ風の男、
「ハッ、そんな事に何のイミがあるってんだ!」
「大きな声を出さないでよ。バカみたい」ホステス風の女が吐き捨てる。
「うるせえ! このアバズレ!」「なんですって?」

「まぁまぁ、お二人とも落ちつきなされ」
部屋の隅にちょこんと座った老人が2人を諭すも、
「じじぃは黙ってろ!」と若い男がすごんだ。

「いい加減にしないか」
落ちついた、それでいて力強い物腰の中年男性がゆっくりと立ち上がった。
「大きな声を出したところで、事態が変わるわけではないだろう」
大柄な中年男性が目の前に立ち塞がると、若い男はやっと静かになった。

「ま、ひまつぶしにはなるんじゃないかしら? 続けてよ探偵さん」

反対の壁によりかかり、騒動を冷めた目で見ていたスーツの女が、
やっと口を開くと、探偵は微笑を浮かべたままうなずいた。
そして焦らすように2歩あるいた後、振り返り言い放った。

「犯人はこの中にいます」


「ああ〜ン!? そんな事は分かってんだよぉ! 何言って…」
「ちょっと黙ってなよ、アンタ!!」
若い男が言いかけた言葉をホステス風の女がヒステリックに遮った。
カッとなった男が女に向かって右手を振り上げるも、
中年男性に無言でその手首を掴まれてしまう。
男はケッとそれを振り払うと、またおとなしくなった。
老人は部屋の隅からその様子をハラハラしながら見上げていた。

「ふふ、おもしろいじゃない。で、犯人は誰なの? 探偵さん。
 まさか、あなたって事はないわよねぇ?」
相変わらず騒動を無視するようにスーツの女が冷笑を浮かべた。

探偵は苦笑いをしながら2歩戻り、静かに言った。

「私が初めてここへ来たのは、事件がすでに起きた後です。
 犯人ではない事はご承知のはずでは?」

「ケッ きどりやがって」と息巻く若い男。
「そんな事言って、犯人はアンタなんじゃないの?」
ホステス風の女が中年男性の影から牽制する。
「なんだと! このアマ!!」
「2人とも、止さないか。…続けてくれたまえ」
仲裁役にうんざりしたように、中年男性が言った。

探偵は眉をあげ、ため息を1つ漏らすと、落ち着いた口調で続けた。
「まず、私が気になったのは…あなたの匂いです」
そう言って探偵が右手で指差したのは… スーツの女だった。

「わたし?」
自分の胸に右手をあてたスーツの女の顔から、
それまで浮かべていた余裕の笑みが消えた。
と、同時に探偵を除く4人がスーツの女から遠ざかった。

「お前だったのか! 怪しいと思ってたんだ。すかしやがって!」
若い男が威勢よく、まくしたてる。

「フン、くだらないわね」意に介す事なくスーツの女が吐き捨てると、
探偵は弱ったように微笑んだ。

「皆さん、落ち着いてください。彼女が犯人だとは言ってません。
 私が気になったのは、彼女の香水の匂いです」

「香水?」5人は眉をひそめた。

「はい。ここへ来た時、私の一番近くにいた彼女から微かに香水の匂いがしました。
 香水というものは時間と共にその効果が薄れ、やがて消えてしまうものです。
 多くの女性がそうであるように、あなたもおそらく香水を持ち歩いているはず…」

スーツの女はバッグに右手をつっこみ味気ない金属製のアトマイザーを取り出した。
「確かに持ってるわ… でもそれが何だっていうの?」

「もし、あなたが犯人ならば、犯行後、その隠蔽の為に香水を使ったはずです。
 気付かれないよう使うなど雑作もない。だが、あなたは使わなかった。
 つまり、あなたは犯人ではない、という事になるのです」

「いや、まってくれ」低く唸って聞いていた中年男性が、口をはさんだ。
「怪しまれる事を警戒し“わざと使わなかった”という事も考えられないか」

「いいえ、それはありえません」静かに答える探偵。

「どうして、そう言いきれる」眉間にしわを寄せる中年男性。

若い男とホステス風の女と老人は、
探偵と中年男性の顔を交互に見ながら、黙って聞いていた。

「仮に、怪しまれる事を警戒し、わざと使わなかったのならば、
 香水以外の行動も同じように怪しまれないよう警戒するはずですよね?
 しかし彼女は、この中で唯一、ずっと落ちつきはらっていました。
 まるで何事もなかったかのように、です」

探偵は若い男に視線を移し続けた。

「あなたが先ほどおっしゃったように彼女だけが終始“すかして”いたのです。
 1人だけ違う行動をとれば周囲からは怪しく映ると考えるのが自然で、
 周囲と同じ行動をするはずです。違いますか?」

「フム、確かにそうじゃな」老人が感心したようにニコリとうなずいた。

「つまり、“怪しまれたくない”という理由で香水を使わなかったにも関わらず、
 その他の行動は、皆さんの中で、もっとも“怪しかった”のです。
 この矛盾から導きだされる答えは、“やましい所がないから”と言えるのです。
 もともと彼女は何事にも取り乱さない性格だと考える方が自然なのです」

「フフ、何でもお見通しのようね。探偵さん」
潔白が証明されたスーツの女は再び余裕の笑みを浮かべ、右手で髪をかきあげた。

「なるほど… しかし、だとしたら、いったい誰が犯人なんだ…」
中年男性が右手でアゴをつまみ、眉間にしわを寄せた。

「俺は分かったゼッ!」しゃしゃりでたのは若い男だった。
「探偵のキザな屁理屈なんて聞くまでもねぇ!
 香水ならプンプン匂わせてる奴がもう一人いるだろ?」嘲笑を浮かべる男。

「ちょ、ちょっと! 私が犯人だって言いたいの?」
ホステス風の女があわてふためくと、探偵を除く4人が女から遠ざかった。

「ま、待ってよ! 確かに私は香水を持ってるし、
 あの後、何度も使ってるわ、でもそれは…」

と、言いかけたところで、
探偵が右の手の平をサッと立て、女の感情的な弁明を制した。

「分かっています。あなたも犯人ではありません。
 あなたは、事件の後、大いに取り乱していましたね。
 そして、バッグからスプレータイプのアトマイザーを取り出し、
 自分ではなく、宙に向かって派手に噴きはじめた」

ホステス風の女は、スーツの女がそうしたように、バッグの中に
そそくさと右手をつっこむと、派手な装飾のアトマイザーを取り出し、
何度も目にしたであろう他の4人に改めて見せつけた。

「さきほどとは逆に、その行動原理には一貫性があるのです。
 そして何より犯人ならば、犯行の隠蔽を“派手”にやったりはしません」

「フムフム、確かにそうじゃわい」
またも感心し、何度もうなずく老人。

「そらごらん! 私じゃないんだよ! 黙ってな! バァーカ!」
中年男性の後ろから若い男に罵声を浴びせるホステス風の女。
つっかかろうとする若い男を軽々と制しながら中年男性が言った。
「ウム、納得の推理だ。
 しかし…これで容疑者は私も含め…3人という事になったな」

それを聞いた若い男はピタリと動きを止め、ひきつった笑顔を見せた。
「お、お、俺は違うぜ? 犯人はおっさんかじいさんの、どっちかだ!」

すかさず中年男性の後ろから右手の中指を立てる女。
「ハッ! どうだか! あんた、さっきから、
 探偵さんの話の邪魔ばかりしてるじゃないのさッ!
 不自然に動き回ってるし、十分臭いんだよッ!」

4人が自分から遠ざかるのを感じ、男は焦り始めた。
「ふ、ふざけた事言ってんじゃねーぞ!
 お、おい、探偵! 俺じゃないよな? な?」

探偵は苦笑を浮かべながら、右手の人差し指で眉尻をかき、冷静に続けた。

「あなたは事件後、悪びれる事なく顔を歪ませ、何度も舌打ちをしていましたね。
 その後も落ちつきなく動き回り、時には飛び跳ねたり壁を蹴ったりもしていました」

そこまで言うと探偵は、ホステス風の女に視線を移した。

「確かに、あなたがおっしゃるように、
 この事件のリアクションとしては不自然なほど大袈裟に見えます。
 容疑を他に向けるための陽動的な意味で、怪しく思えても無理はありません」

「なっ!」即座に取り繕おうとする若い男を「しかし!」と一瞬で黙らせた探偵。

「彼は犯人ではありません」

「なぜ? その根拠は?」スーツの女が冷ややかに尋ねた。

「彼は、いらつきながら、動き回り、飛び跳ね、壁を蹴りました。
 この密室でできるであろう動作をすべてしているように思えますが、
 実は、していない動作があるのです」

「ほぅ、それは何だね?」中年男性が尋ねる。

「“しゃがむ” という動作です」

「しゃがむ?」中年男性は眉をひそめた。

「そう。人間がいらついて行う動作として、ほとんどやり尽くした彼なら、
 しゃがみこんでも、おかしくない。いえ、むしろ、その方が自然だと言えます。
 しかし、彼はこれまで一度として、しゃがまなかったのです。そして…」

探偵は、そこまで言うともったいつけるように一息おいた。
そして、静かに右手の人差し指を立てると、こう付け加えた。

「この“しゃがむ”という動作、
 これは彼の潔白を証明すると共に、
 犯人を示す重要な手掛かりでもあるのです」

核心に近づく推理。
それを悟ったかのように、大きな雷鳴が轟き、
張りつめた沈黙が部屋を覆った。

中年男性はゴクリと生唾を飲み込み、
老人とホステス風の女は顔を見合わせ共に首をかしげた。
若い男はじれったそうにそわそわと唇をなめながらも、
身の潔白を証明している探偵の邪魔しないよう努めていた。
そんな男に軽蔑の眼差しを向けていたスーツの女が探偵へ視線を戻し尋ねた。

「…分からないわね。
 なぜ、“しゃがまない”というだけで
 犯人じゃないと言い切れるのかしら?」

探偵は、ニヤリと笑い、すかさず言った。

「では、逆にお尋ねしますが、
 あなたは事件発生から一度でもしゃがみましたか?」

「まさか。しゃがむわけないでしょ。だって……ッ!」
言いかけたスーツの女は、かすかにハッとした表情を浮かべた。
他の4人も、次々と“それ”に気付き、同じ表情を浮かべはじめる。

「ハッ! ハハッ! そうか! なるほど、確かにそうだ!」
若い男は歪んだ笑みを作り、興奮気味に声を上げた。

「そうなんです。ここにいるほとんどの人はしゃがんでいません。
 いえ、しゃがめない、しゃがみたくない、と言った方が正確でしょう。
 皆さん、お気づきのように“しゃがむ”という動作を、この密室で、
 抵抗なくできるのは、ある条件を満たさない限り、犯人だけなのです。
 そして犯人は重大なミスをおかした。すなわち…」

探偵はゆっくりと2人の容疑者に視線を向けた。

「しゃがんでしまったのです」

すでに潔白が証明された3人もそれにならい、
2人の容疑者から遠ざかった。

老人はとたんに目を伏せ、黙り込んだ。
探偵の話に、無邪気にうなずいていた時とは明らかに違う
苦々しい表情が、張り付いている。
それもそのはず、今、この中でしゃがんでいるのは老人だけなのだ。

中年男性は相変わらず眉間にしわを寄せたまま、
微動だにせず、探偵に尋ねた。

「ちょっと待ってくれ。“ある条件”とは何の事だ」

探偵は、悲し気にも見える困惑した表情で
息を吸い込むと、すぐに吐きだし、伏せ目がちに続けた。

「人は… 齢を重ねるにしたがい、感覚が鈍くなっていきます。
 視覚や聴覚はよく知られていますが、実は嗅覚も…」

「いやはや、まいったわい。降参じゃ!」

真相を語る探偵を遮ったのは−−−− 老人だった。

全員の視線が一斉に注がれた。意外そうな表情を浮かべた者もいたが、
一番意外そうな表情をしていたのは、他でもない探偵だった。

「おまえさんの推理通り、犯人はワシじゃよ…」

老人は悟ったように微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。



その時だ!

タイミングを図ったように、探偵の背後で、
大きな音をたてながら、重い扉がゆっくりと開け放たれた。
差し込まれたまぶしい光の中から現れた男が、6人に向かって告げた。

「んどもぉ。中央エレベーターサービスの者です。
 いやぁ、ずいぶんとお待たせしましたぁ。
 落雷直撃による事故とはいえ、皆さんを2時間もの間、
 閉じ込める事になってしまい、大変、申しワヶ…ウッ!」

想像だにしていなかった惨劇を前に、思わず飛び退いた男は絶叫した。



「くっさぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!」



ヤレヤレといった様子で肩をすくめる探偵。

「ったく! じじいだったのか!
 いったい、どんなモン喰えばこんなクサい屁をこけるんだッ」
真っ先に外に飛び出した若い男はぶつぶつと毒づきながら行ってしまった。

次に外にでたのはホステス風の女。「あーあぁ、サイアクゥ」
おどけるようにシュッシュッと香水を噴きながら、さっさと消えた。

続いてスーツの女。横目で真犯人を見た後フッと小さく笑った。
「ほんと、いいひまつぶしになったわよ。探偵さん」
そう言うと女は、カツカツとヒールを鳴らして颯爽と去っていった。

老人は何も言わず、中年男性の上腕をポンと軽く叩いて行ってしまった。


未だ非常灯しか灯っていない薄暗いエレベーター。
残ったのは、探偵と中年男性の2人だけだ。

しばらく、立ち尽くしていた中年男性が
偽りの左手を鼻から力なく降ろすと、その重い口を開いた。

「そう… 真犯人は…わたしだ!
 昨日、食べすぎた中華料理が、まさかこんな事態を招くとは…
 突然の事で、謝罪のタイミングを… 逸してしまったのだ…」


「分かっていますよ」
探偵は、苦笑いをしながら、ため息を1つ漏らした。

「もし、エレベーターが止まらなかったのならば、
 謝罪するまでもなくエレベーターは到着、済んでいた事ですからね。
 タイミングを逸するのも無理はないと言えるでしょう。
 そういう意味では、あなたも被害者だったと言えなくもない」

大柄なはずの中年男性が、肩を落とし小さく見えた。

「私としては…2時間も続いた、極度の緊張状態を
 緩和する余興的な意味と共に、あなたに謝罪の機会を
 ご提供しようという腹づもりだったのです… が…」

探偵はバツが悪そうな笑みを浮かべ天井を見上げた。

「これは、想定外の結末でした」

右手でポリポリと頭をかく探偵。
左手は未だに、しっかりと鼻をつまんでいた。

同じように、しっかりと左手で鼻をつまみ、
右手で「開」ボタンを押し続けていた作業着の男が言った。

「あのぉ… 早く出ていただけますか」






posted by さくらい | Comment(0) | 短編 | 更新情報をチェックする
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