引っ越しました

2013年12月18日

マウスオーバー広告はなぜダメなのか

ちょっと前からマウスオーバー広告をよく見る。
ロールオーバー広告・ロールオン広告、呼び名は何でもいいけど。
G〇〇gleやT〇Y〇TAといった大手まで採用している。
※あくまで伏せ字(=∈=)

これが、まぁ〜、不評だ。

邪魔! ウザイ! 目障り!

ほとんどのネットユーザーが、こんなふうに思ってる。
ぼくもユーザーという立ち位置(こっち側)として同様に思う。

加えて、ぼくは(あっち側)の立ち位置もあるんだけど、
その視点で見ても、やはり、マウスオーバー広告は、NO!だ。
では、何が良くないのか、今回はそれをちょっと書いてみる。
ただの感情論ではなく、なるべく分かりやすく論理的に。

そうすることで、マウスオーバー広告にイラついてる人の
溜飲も少しは下がるんじゃないかと思ってね。(´ー` )



まず大前提として

広告を見るかどうかはユーザーの自由であるべきだよね。
見る意思のない人に 無理に 見せようとする時点で間違っている。

いや「見る意思のない人に見せようとする」これはよい。
関心ない人に興味を持ってもらう。少なくとも、注目させる。
これはOK。なぜなら、それが広告の存在意義なのだから。
ユーザーだって資本主義ン中で生きてんだ。それくらい許容してるだろう。

でも、ここに 無理に という一語が入ると話がガラッと変わってくる。
もともと関心ないトコに無理強いをして、わざわざ心証を悪くし、
興味を持つ機会を、興味を持ったかもしれない可能性を、
いよいよ完全に断つ、奪ってしまう、なんて事になりかねない。


マウスオーバー広告をリアルで例えると…

街を歩いてて、ショーウィンドウ出してる店の前を通り過ぎようとしたら、

もしくは、信号待ちでも何でもいいが、たまたまその店の前に立っていたら、

突然、店の中からどやどやと現れた店員達に、両腕をガシッとつかまれ、

「ご興味おありなんですね? さぁ〜どうぞどうぞ! 入って入って!」

強引に、無理矢理に、半ば強制的に、店内に引きずり込まれてしまった…

さしずめこんな感じだろう。
手法としては、まるで「ぽん引き」のそれだ。

そして、この例で言うとこの“店内”。
つまりメインコンテンツを覆い隠し強要されるリッチコンテンツ()

街を訪れている人がそうであるように、
ユーザーは何かしら目的あってそのサイトを訪れている。
それを阻害され、いきなり音声付きでムービー再生なんてされたら、
それがリッチだろうが、プアだろうが、誰だって反感を覚える。

広告内容の善し悪し以前に、
「このやりかたが気に喰わない! 目も耳も傾けるもんか!」
となれば、効果がないどころか、逆効果でしかない。

「手段を問わず見せさえすればOK」とでも思ってるのなら、大きな間違い。
「ネット広告」以前に「広告」としてありえない、あるまじき姿勢だと思う。


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さて、本題。   …っていうか核心かな。

マウスオーバーは意思を示すための操作ではない。

もう、これに尽きると思うんだけども…(´・〜・`;)

これまでユーザーの意思表示はマウスクリックという操作で行われてきた。
なぜクリックなのか。それは「広告を見る」という意思を、
マウスボタンを押すという操作、アクションで代替するからだ。
押したか、押してないか。間違えようのない判定だ。

しかし、マウスオーバーは違う。マウスオーバーとは、
対象(ボタン、バナー等)の上にマウスポインターが乗ってるっていう状態だ。
対象がある以上、一見「乗ってるか、乗ってないか」で判定できる気がするが、
クリックと違い、意思がなくても行われる場合がある、それがオーバーだ。

例えば、“通過”
目標となる地点までの間に対象があればその上を通り過ぎる。
通り過ぎている間、マウスオーバーイベントが発生している。

例えば、“停留”
マウスでの操作が終わりマウスから手を離す時、ポインターの位置が
たまたま対象の上だったら、やはりマウスオーバーイベントは発生する。

これらは、単なる状態であって、操作ではない。

対象を意識していない。そこに意思は込められていない。
つまり、マウスオーバーは意思表示を受けとるための操作として、
ふさわしくないのだ。当然。常識。基本。初歩。


これを踏まえて

さらに悪い事に、このマウスオーバー広告、その多くが
ブラウザのヘッダとメインコンテンツの間にあったりする。
わざわざ、よく“通過”する場所に据えられているわけだ。

通過するたびに、見たくもない広告が表示されるまでの
タイムリミットがご丁寧にプログレスバーで表示される。
ユーザーはそのたび、無用な緊張を強いられる事になる。

その待ち時間も宜しくない。明らかに短かすぎる。
少なくとも意思表示だと判断できる時間とは思えない短さだ。
数値で出すと露骨すぎるからプログレスバーなのでは、と
勘ぐりたくなるほど、短い。

あまつさえ、バナーから離れ、再び乗ると、離れた時点から継続される。
つまりオーバーしている時間が蓄積されている。何とも呆れた仕様だ。
こんなの、何度も通過すれば、いつかは、意思表示って事にされてしまい、
意思表示していないのに、見たくもない広告を見せられる羽目になる。

そして “停留” 、こちらについては、まるっきり解決されてない。
マウスでの操作が終わった後、ポインターを置いておく位置に
気を配ってる人なんて、いる? たいていの人が何も考えず手を離すだろう。
待つ時間が30秒だろうが、30分だろうが、ユーザーにとって、
対象そのものに意識がなく、当然、それに乗せようという意思もない。
置いた位置がたまたまバナーの上だったってだけで、

ハイ意思表示〜m9(`∀´)

こんな理不尽はない。わざわざ言うのもあほらしい。

こちらはこちらで、メインコンテンツの右側に配置する事で
圧倒的に多い右利きの人の停留を狙っている。抜け目なく。


そもそも、

意思表示を受けとる手段として曖昧・紛らわしいのなら、
マウスオーバーなんて方法はやめればいい。なぜやめないのか。
さもユーザーに配慮してますよってテイで、わざわざ、
「待つ」なんていう愚鈍な対処を施してまで、なぜやり続けるのか。
それは、この広告を作った側、打った側が、“やりたいから”だ。
では、なぜ、反感を買ってまで “やりたい” のか。

それは

ユーザーのうっかりミス、誤操作も「意思表示された」という
「結果」「成果」としてカウントしてしまいたいからだ。


「ほら!こんなに多くの人に見てもらえましたよ!」と
さも宣伝効果があったかのように偽りの報告をクライアントにしたいからだ。
いじましい。みみっちい。恥ずかしい。情けない。一周してちょっとお気の毒。

これまでも、ミスが起こりうる状態なのに、それを放置して、
カウントしちゃおうぜって姑息な魂胆の広告例はいっぱいあった。

でも、放置どころか、ミスを誘ってる。故意に起こしてる。
起こるべくして起こった事故までもカウントしようとしてる点で、
マウスオーバー広告はこれまでの姑息な広告よりタチが悪い。
姑息どころか、卑劣と言っていいくらいだ。

ある意味「罠」。罠にはめられりゃ、誰だって気分を害す。
プンスカ、イライラ、逆ハロー効果。マイナスイメージも抱こうもんだ。
そういった負の感情は、広告屋にではなく、広告そのものに、向けられる。
無理強いする事で余分にいくつか売れたからって、その数百倍、数千倍、
膨大なカウントのほとんどにマイナスイメージを植え付けてるとしたら、
それは、クライアントにとって損失と言えるのではないだろうか。

さて、そのクライアント…
G〇〇gle、T〇Y〇TAといった影響力のある大手広告主にも、
今回は責任を求めたいとこデスヨ。(´・_・`)

こんな姑息・卑劣、モラルに欠ける手段、提案されても
サクッとつっぱねてもらいたい。そうあって、ほしい。
小悪党の口車にまんまと乗って、安易に採用しちゃうから、
ほらごらんなさい。ユーザーは大迷惑しているじゃないの。
大手が採用してるって理由で、志はないけど、やり方は知ってるバカ共が、
こぞって真似したらネットはどんどん使いにくいツールになってしまうだろう。
とくにネットに所縁の深いG〇〇gleには猛省を促したいとこだよ…

誰もが認める大手なんだから、余裕で看破してちょーだい。
だらしないよ! しっかりして!ヽ(`Д´)ノ


以上。

ま マウスオーバー広告なんて、しょーもない手段は、
一時的、一過性の迷妄・迷走として、いずれ消滅するだろう。
後世の広告屋が失笑の種にする程度の失敗例で終わる…はず。

まちがっても効果的な手段として定着しませんように。(切・∈・願)



posted by さくらい | 技術 | 更新情報をチェックする
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